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2016年5月31日

2.紫外線を使って消毒する方法

歯ブラシを消毒するために、最近では紫外線を使った「歯ブラシ除菌器」も販売されています。

歯ブラシを水洗いしたあと、専用の入れ物にセットして紫外線除菌を行う商品です。

旅行や職場でも使える携帯用の除菌器も販売されています。

その中で人気なのが「アドバンスシリーズ」の歯ブラシ除菌器です。

紫外線による除菌と乾燥を繰り返し行ってくれる優れもので、99%の高い除菌力を誇ります。

通常の歯ブラシだけでなく、ワンタフトブラシや舌ブラシといった特殊なブラシも除菌できるようになっています。

また、電動歯ブラシにも対応しています。

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2016年5月30日

1-2 熱湯消毒はダメ!

歯ブラシをゆすぐのに、熱湯で洗い流すことはやめてください。

熱いお湯で洗う方が菌が殺菌されてきれいになるのでは? と考える人は多いと思いますが、歯ブラシは熱湯に弱い素材でできています。

熱いお湯で洗い続けると、歯ブラシの寿命を短くしてしまいます。

長く使うためにも、水洗いを心掛けるようにしましょう。

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2016年5月28日

1.歯ブラシの基本的な消毒の仕方

1-1 水洗いと乾燥

使い終わった歯ブラシは雑菌まみれです。

ブラシに付着した食べカスはきちんと取り除いて、洗い流す。

ここまではほとんどの人が行っていることだと思います。

しかし、歯ブラシは濡れたまま放置しておくと、細菌が増殖してしまいます。

水で洗い終わったあとはタオルなどでよく水気を取り、乾燥させておくのが正しい消毒の仕方です。

このやり方が歯ブラシを清潔に保つための一番の方法と言えます。

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2016年5月27日

歯磨きを終えたあとの歯ブラシを、あなたはどうしていますか?

せっかくきちんと歯磨きしたのですから、使い終えた歯ブラシもきれいに消毒しておきたいと思うはずです。

ほとんどの人は、使用後の歯ブラシを水でゆすぐぐらいはしていると思います。

しかし、雑菌にまみれた歯ブラシを清潔に保つには、それだけでは不十分です。

使用後の歯ブラシには「1億個以上」の細菌が付着しているといわれています。

ここでは、歯ブラシの正しい消毒のやり方と、間違ったやり方をお教えします。

毎日の歯磨きを気持ち良く行えるように、あなたもぜひ実践してみてください。

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2016年5月26日

「お歯黒」について

 藤田恒太郎は中国の古い文献や古事記などから日本では有史以来「お歯黒」が用いられていたことを報告している。

おそらくその起源は先史時代にまで遡るであろう。

「お歯黒」は「鉄漿(かね)」などとも呼ばれ,化学的にはタンニン酸第二鉄塩で,黒インクと同じ成分である。

大古(大和時代)には男女とも上流階級だけが「お歯黒」を用いていたという。

山賀禮一の『お歯黒のはなし』では,「お歯黒」は一貫して女性の化粧であったが,時代とともにその意味合いも変って,平安時代から戦国時代までは娘が成人して、女として一人前になったことを意味していた。

江戸時代になってからは既婚女性を意味するものとなったという。

既婚婦人の中で広まった「お歯黒」は黒色に染まることから夫以外の人とまみえない(二夫にまみえず・・黒は何色にも染まらない)という意味をもっていた。

江戸時代にはいって,「お歯黒」は既婚婦人のシンボルになり,結婚した婦人は眉を剃り落し,「お歯黒」をつけて人妻のしるしとした。

一方、男性の「お歯黒」は平安時代末期に関西地方から始まり,「お歯黒」を施すことが上流階級の権威の象徴になるとともに,二君に仕えずという意味の忠節を表していたことが『平家物語』に載っている。

このことが、後に女性の「二夫にまみえず」につながったのかもしれない。

源頼朝,今川義元,豊臣秀吉も「お歯黒」をつけていたらしい。

また、「お歯黒」の成分にはムシ歯抑制作用という実用性もあった。


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2016年5月25日

今からおよそ350年前に埋葬された徳川三代将軍・家光に仕えた柳生飛騨守宗冬(1675没.61歳)の墓から、遺骨とともに木製の上下顎の総入れ歯が発見されている。

入れ歯の材料は柘植の木で,内面を彫刻して丁寧に仕上げられたものである。

人工歯は蝋石が用いられ,2本ずつ歯の形の彫刻がほどこされ,木の歯茎に嵌めこまれている。

今の時代では歯型印象を採り,石膏で顎堤の形を再現し、石膏模型を咬合器に装着して入れ歯を製作するが、当時では顎の形に合わせて木の内面を削り,それに人工の歯を彫刻するという過程を経て製作していた。

当時としても至難の業であっただろう。


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2016年5月24日

 入れ歯の歴史

 フランス人のフォーシャールが総入れ歯をつくったのは1737年のことで,これが西洋では歯科学史上,一番古い入れ歯とされている。しかし日本では和歌山市の願成寺に今から470年前に埋葬された中岡テイと思われる遺骨の中に木製の入れ歯が遺品として納められている。この女性は通称「仏姫」と呼ばれ、1537年に没している。入れ歯の材料は柘植の木で、一木造りとされており、前歯にあたる部分には彫刻が施されている。現代の総入れ歯とほぼ同形で、顎の粘膜にぴったりと適合するように作られている。仏の教えを広めて、「仏姫」とあがめられた高徳な尼僧とはいえ、都を遠く離れた紀州の山寺の住職がこのような入れ歯を使っていたということは、すでにこの時代に入れ歯がかなり普及していたことをうかがわせる。

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2016年5月23日

 乳歯の先天欠如

 乳歯が先天的欠如する頻度は永久歯よりも少ない。永久歯では第3大臼歯以外で先天的欠如する人の割合は7%未満であるが,乳歯では1%未満である。類人猿の永久歯では1.2%が報告されている。欠如しやすい部位は乳中切歯,乳側切歯,乳犬歯が大半であり,欠如の仕方は退化形から欠如するよりも歯の癒合や癒着から欠如してくる割合が多い。一般に永久歯列になっても乳歯が口の中に残存している場合(乳歯の晩期残存)はその後継永久歯も欠如する場合が多い。乳歯が稀に欠如している場合でも後継の永久歯が存在する場合もあり,また欠如していることもある。乳犬歯では稀に円錐歯がみられる。

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2016年5月21日

 乳歯から永久歯の予測

 歯科矯正学の立場からみると,乳歯の大きさから代生歯の大きさを推定できれば,矯正治療に非常に役に立つと考えられるが,実際にはそう上手くはいかない。乳歯と永久歯の間に見られる大きさの相関関係はあまりみられない。すなわち、あまり関係がないといえる。したがって乳歯から代生歯の大きさを推定することは今のところ難しい。しかし6歳から7歳になると上下顎の中切歯が萌出するため,上下顎の中切歯から側切歯の大きさはある程度予測することが可能である。しかし中切歯と犬歯の間に相関関係が強くないことから犬歯の大きさを中切歯から推定するには無理がある。乳歯が小さいからといって将来生えてくる永久歯も小さくなると心配する必要はない。


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2016年5月20日

 霊長空隙と発育空隙

 人の乳歯列には生理的に存在する霊長空隙と発育空隙がある。霊長空隙は上顎の乳犬歯とその近心にある乳側切歯との間に存在し,下顎では乳犬歯とその遠心にある第1乳臼歯との間にある。永久歯ではこの状態はほとんど見られない。ニホンザルの歯列をみると,巨大な下顎犬歯を受け入れるために上顎では犬歯とその近心にある側切歯の間に空隙が存在する。ヒトの乳歯の霊長空隙と同じでありこの空隙は古い特徴であるといえる。しかし,上顎の犬歯を受け入れる下顎の犬歯とその遠心にある第3小臼歯の間には空隙がみあたらない。むしろ2本の歯は前後に重なり合っている。したがって霊長空隙は上顎だけに存在する空隙ではないかと私は思う。しかしオランウータンでは上下顎の犬歯の前後に空隙が存在している個体もある。

 発育空隙は乳前歯の間に存在する空隙のことで,将来の永久歯が萌出する際のスペースと考えられる。現在の子どもを見ると霊長空隙や発育空隙が歯列に無い子どもが多くなっている。乳歯が大きくなってきているために歯と歯の隙間にできる空隙がなくなったと思う。

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2016年5月19日

 永久歯の特徴

 永久歯の生え始める時期は6歳頃で、原則的に一度生えてきたら歯は形も大きさも一生涯変ることはない。原則的とは何もしないという意味で、日常生活している我々にとっては日に何度か食事を摂ることから不可能なことである。むし歯や歯周病になったりすると歯は形や大きさを変えてくる。とくにむし歯菌によって産生される酸によって容易く歯は溶解するため、形や大きさの変化が著しい。また、磨り減っても形は変わる。永久歯の特徴は一般に乳歯よりも歯が大きく,歯の構造も複雑・堅固で,大きさに性的二型が現われやすいことである。人類集団を扱う人類学では歯の集団間比較にほとんど永久歯が使われている。乳歯よりも入手しやすく比較しやすいためと思われる。

 歯の構造は無機質の含有量が多いことから乳歯も永久歯も地中で化石として残りやすい。ちなみに,カナダ人の人類学者ブラックによって1927年に北京の周口店竜骨山で1本の大臼歯が発見され,この歯の研究からSinanthropus pekinensis(北京原人)と命名されている。歯の化石からヒトの古い祖先であると分かったことは歯がそれだけ人類学的にも重要であることを物語る良い例であろう。


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2016年5月18日

乳歯の原始性と特殊性

 歯の構造からみても乳歯は永久歯よりも原始的な形態をそなえている。下顎第1乳臼歯ではトリゴニッド切痕や遠心トリゴニッド隆線を,第2乳臼歯は第1大臼歯よりも原始的な形質である上顎のカラベリー結節,下顎ではY5型の咬頭数・溝型のパターンの出現頻度は高い。"トリゴニッド(trigonid)"という名前も原始的な歯の構造につけられた名称に由来している。歯の硬さも乳歯の方が軟らかく,むし歯になりやすい。色調も乳歯は青白い色をしているが,永久歯では黄色を帯びた白い歯をしている。歯の大きさで性差(男性と女性の差)を比べても永久歯ほど差はない。おそらく体格的に見ても幼少の子どもでは男の子と女の子の違いがあまりないためと思われる。第2次性徴が始まる思春期以降では身体の形や大きさに性的二型が強く現われてくることを考えると,男性らしい歯と女性らしい歯が乳歯よりも永久歯にあらわれやすくなるのは当然かもしれない。

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2016年5月17日

 乳歯と代生歯の関係

 乳歯と永久歯の前歯(中切歯から犬歯まで)はよく似た形態をしている。乳歯の形は歯冠長が短く,寸詰まりで丸く,大きさでは永久歯に比べて一回りか二回り小さい。しかし,乳臼歯とその代生歯である小臼歯はかなり大きさも形も違っている。なぜ乳臼歯と小臼歯がこれほど違うのか今のところ分かっていない。一般的に乳歯の方が永久歯よりも小さい歯をしているが,上顎第2乳臼歯と下顎第1・第2乳臼歯では大きさは逆転し,乳臼歯の方が小臼歯よりも歯は大きい。乳臼歯の形は大臼歯によく似て,とくに第2乳臼歯の形態は永久歯の第1大臼歯とほとんど同じ形をしている。大きさでは第1大臼歯の方が咬頭、隆線、溝など各構成単位が大きく,全体的にも大型の歯をしている。また第1乳臼歯は小臼歯と大臼歯の中間の形をしている。


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2016年5月16日

 ヒトの乳歯と永久歯

 ワニやサメなどの爬虫類以下の動物では歯は次から次へと何度も口の中へ生えてきて、歯科医は必要ない。しかし、イヌやサル、ヒトのように哺乳類になると歯の生え変わる回数が極端に減少し、2回生えてくる歯と1回生えたら一生涯生え変わらない2種類の歯になってくる。解剖学的には始めて生える歯を第一生歯,2度目に生えてくる歯を第二生歯と呼んでいる。乳歯の20本の歯は同数の永久歯に交換してくる。永久歯でも乳歯の後方に生えてくる大臼歯は乳歯と同じ第一生歯に属し、加生歯と呼んでいる。つまり,大人の歯は第二生歯の代生歯と第一生歯の加生歯の32本の歯を備えていることになる。大臼歯は口腔内に生えたら一生涯にわたって生え代わることがない。ムシ歯や歯周病あるいは事故などで歯を失うことがない限り,同じ歯のままで一生を過ぎていく。


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2016年5月14日

「歯の塚=歯牙の供養」

 では、歯の塚とはどのような性格を持っているものなのでしょうか。

 1988年、神奈川県歯科医師会元会長・加藤増夫先生が『歯の塚探訪』を出版され、これにより歯の塚の存在がクローズアップされました。また、これを基に仙台の杉本是政先生は「碑、塚、塔」と呼称分類を発表しましたが、建立の主旨は、「歯牙」を供養するという意味から、同一視しても良いのではいでしょうか。

 最も古い建立は1797年ということですが、大部分は昭和時代に建てられています。その目的は、抜いた歯、抜け落ちた歯を供養するためで、健全であった時には食物の咀嚼、栄養の摂取、健康の維持など生命への貢献には欠かせない存在でした。やむを得ない何らかの理由で抜去され、また脱落したからといってそのまま廃棄処分(一部は教材に使用されているようです)にしては申し訳ないという心情から、これを供養しようと「歯の塚」を建て感謝の意を表しようというのが立案だったのです。


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2016年5月13日

「歯の神様=痛み、悩みを癒す」

 歯の神様信仰の起源について振り返ってみましょう。

 江戸時代に歯の痛み、悩みを癒す療術者(口中医)の存在は、当時の権力者、実力者と言われる殿様や武将、豪商などの一部の人たちのお抱えということで、一般庶民には無縁のものでした。

 このような世相の中にあった一般庶民が歯の痛み悩みに遭遇した時に、苦しい時の「神頼み」と「まじない」などに頼らざるを得なかったのです。

 また、歯の痛みは人生において最も耐え難い苦痛であると自刃したり、生きながらに土中に埋葬されたり、死に直面して「死後わが霊を詣でるなら、歯痛に悩む者を助ける」と遺言を残した者など、歯の痛みはその当時の人々にとって生死に関わる重要な問題だったのも信仰の理由として挙げられます。それだけ多くの人が歯について悩んでいたからこそ様々に祈願する理由を供えた種々の神社仏閣・石仏などが全国各地に約300カ所位残っているのではと推測されています。


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2016年5月12日

 日本三名山の1つと言われている「白山」は、越前(福井県)、加賀(石川県)、美濃(岐阜県)の三国にまたがる休火山です。主峰の御前峰は海抜2707mで昔から霊山として崇敬され、信仰や伝説で知られています。この山頂に祀られている白山比咩神社はご祭神に白山比咩大神を迎えています。

 この白山が信仰の対象として仰がれるようになったのは大化の頃と言われ、その後の奈良時代から平安時代に山岳信仰が盛んになった時代の中で、白山にも養老1年に越の大徳と言われた泰澄大師が初めて参拝しました。それ以降登山口に修験道場が設けられて、ここを中心として全国的に白山信仰が盛んになったのです。現在でも白山信仰は石川県や新潟県周辺を中心に広く分布しています。

 白山大明神がなぜ「歯の神様」として崇められ、信仰の対象となったのかについては、次のような談があります。

 祭神・比咩大神はもともと歯の神であった。歯槽膿漏症による「歯臭(はくさ)」が「白山」になった。

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2016年5月11日

全国各地に白山神社は多数見受けられます。「白山社」「はくさんさん」などと称されているものも同系列と思われますが、その総数は把握できていないものの、歯の神様として信仰されている白山神社は数多くあるようです。

 白山神社と歯の神様との関連は今のところ確認されておりませんが、一説によりますと、昔の人々が歯の悩みの多くは歯槽膿漏であり、しっかりした治療方法もない時代ですから患部は悪化が進み、化膿による口臭から「はくさ」が訛って「はくさん」となって白山神社が信仰の対象となったとも言われています。また、祈願の際に授かるものや、お礼に箸を供するなど共通する点も多いようです。

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2016年5月10日

「歯の神様」の存在をご存知ですかという質問に対し、ほとんどの人は「知らない」と答えるでしょう。近代医学が目覚ましい発展をしている現在において、「歯の神様」の存在を「ばかばかしい」と言う人も少なくありません。医者というものが庶民に縁遠かった時代が、はるか遠い昔の事柄として忘れられた現在の事情の一環でもあるのでしょう。

 「歯の神様」信仰が始まったのは、江戸時代中期から後期頃と言われています。当時は、殿様・武将・豪商など、一部権力者たちのお抱えの「口中医」という療術者がいましたが、一般庶民には無縁の存在でした。そのような世相にあって、庶民は歯痛などの悩みにどのように対処したのでしょうか。苦しい時の「神頼み」「まじない」などが唯一の手段であり、これに頼らざるを得なかったのです。現在でも、多くの人々の記憶に残っている風習の一つに、「上の歯が抜けたら縁の下へ、下の歯が抜けたら屋根の上に投げろ」というのがあります。地方によっては「ネズミの歯に生え変われ」とか「鬼の歯に生え変われ」と言いながら投げるというもので、いずれも丈夫な歯に生え変わってほしいという心情からのものでしょう。

 歯の痛み・悩みを癒す目的で祈願などをする神社・仏閣・石像などの数は、全国で約300ヶ所くらい存在すると推察されますが、地方(城下町や山間へき地)によって祈願や報謝の方法などが異なっていることは興味深いものがあります。

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2016年5月 9日

 サルの社会

 サルの社会ではオスとメスの違いが歯にはっきりあらわれる。サルの歯は32本で人と同じ歯数をもっているが,ニホンザルでは犬歯、小臼歯、大臼歯の形態はかなりヒトと異なっている。一方、チンパンジーの歯は犬歯以外でヒトとよく似ている。オスとメスの性差がはっきりあらわれる歯は上下顎犬歯と下顎第3小臼歯(ヒトの第1小臼歯)で、オスの方がメスよりも大きさが大きい(C-P3 complex)。犬歯の働きをみると食べ物を噛むだけでなく,オスの発達した巨大な犬歯は敵を深く傷つけ,切り裂くためのもので,同時に相手を脅す働きをし,攻撃的な誇示の際にも使われている。上顎犬歯は下顎の犬歯や第3小臼歯と緊密な咬合を保ち,上顎犬歯の大きさに応じて下顎犬歯も大型になり,同時に第3小臼歯も大きく変化している。しかもサルの歯にあらわれる性的二型の程度は群の社会構造をよく反映している。彼らの社会構造をみてみると3つの群れ形態(単雄群、複雄群、家族群)がみられる。

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2016年5月 7日

 歯の形や大きさには男性と女性の間に違いがある。

乳歯や永久歯における男女の大きさの違いをみると,乳歯ではほとんど性差は見られないが,永久歯では性差があらわれてくる。

身体上の性的二型(2次性徴による性差)は思春期以降にみられ,形態や大きさにおいて男女の身体に違いが生じてくる。

乳歯では形態や大きさが母体内で早い時期に決まってしまうので男女の差がはっきりあらわれてこないが、永久歯とくに犬歯では男女の違いが強くあらわれてくる。

犬歯は生後4・5ヶ月に硬組織形成が始まり,9~12歳の間に萌出してくる。

女性の初潮の開始時期は12~14歳から始まるから,それよりも早い時期にすでに男女の差が決まってくることになる。

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2016年5月 6日

 最近の萌出時期の動向

 日本人の過去80年間における20歳男性の第3大臼歯の萌出歯数を比較してみると,1900年から1950年頃まで萌出歯数は0.8本から1.8本へ急速な増加がみられる。この期間の増加現象は身長の増加とほぼ平行した現象と思われるが,1950年代以降でも身長は依然として増加しているにもかかわらず,第3大臼歯の増加は弱まり,身長よりもゆっくりとした増加となっている。萌出歯数の増加は身体の大型化によると考えていたが,それだけでは説明することはできない現象である。1984年に全国的規模で行なわれた乳歯と永久歯(第3大臼歯を除く)の萌出時期の調査を,1930年に行なわれた岡本清纓の結果と比べてみると乳歯では萌出時期に明らかな変化がないが,永久歯では萌出が早くなる傾向がある。20歳時の第3大臼歯の萌出歯数をみると第2次世界大戦前よりも現在の方が萌出歯数は多く,第3大臼歯でも他の歯と同じように萌出時期が早くなっている。


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医療法人若葉会吉村歯科医院理事長吉村禎浩

医療法人若葉会
吉村歯科医院

院長 吉村禎浩

【経歴】
1956年1月25日生まれ
1982年 岐阜歯科大学 卒業(現朝日大学)
1984年 吉村歯科医院 開業
2008年 医療法人若葉会 吉村歯科医院 設立

吉村歯科医院では、自分が受けたい治療、もしくは家族にしてあげたい治療を心掛けています。歯を失う二大疾患である『虫歯』と『歯周病』は防げます。メンテナンスをして、ご自身の歯を大切にして下さい。当医院では適切な治療とケアでお口の健康を守ります。

【経営理念】
『来院者とチームメンバーの幸せの輪を広げる』

【ミッション(使命)】
『安心と信頼のある歯科医院作りを目指す』

【所属学会・研究会】
O.A.M先進インプラント認定医
顎咬合学会認定医
国際審美学会会員